017.雨天決行











空気は湿気と熱気を含んでいた。



野外ライブ会場は、息苦しさを覚えるほどの人で埋め尽くされていた。夏の終わり、と言っても気温が急に下がる訳でもなく、依然、暑いままで。会場内で待つ人々の耳にはどこか遠くで鳴いている蝉の声が届く。
ライブ開始が夜なのがせめてもの救いだと、熱気と湿気で汗だくになりながら皆一様に思う。
数日前の天気予報も今日の天気予報も降水確率80パーセントという高い数値を示していた。観客の心配事はそれに尽きる。
今も数人の人が天空を見上げては重いため息を吐いている。空は鉛色の厚い雲で覆われていて、いつ雨が降り出してもおかしくはない。まさか、雨天中止になどなったりはしないだろうか。見上げる人々は同じ不安を抱く。
そして、幾度も空を見つめ、いや、睨みつけながら、絶対に降ってくれるな。怨念にも似た強い祈りを、今にも泣き出しそうな曇天に放つ。
降水確率80パーセントという高確率でここまで持ちこたえた事すら奇跡と言っても過言ではないけれど、ライブが始まる前に振り出してしまえばそれも意味が無い。始まりさえすれば、きっと、きっと、どうにかなるんじゃないか。そう思うことで不安をやり過ごす。
しかし、眉間に皺を寄せて空を仰いでいた一人の少女の額に冷たい感触が伝わる。一瞬、それが意味することを理解できなくて数度瞬きを繰り返す。いや、理解はしたけれど、勘違いだと思い込もうとした。そんな少女へ、同様に空を見上げていた友人が零す。
「うそ…」
絶望にも似た響きを持つその言葉が合図になったかのように、空から水が溢れた。ザァァと音を立てながら大粒の雨は、熱気が立ち込める大地におしみなく注がれる。どしゃぶりだ。会場は騒然として、落胆の声が方々から零れる。
先刻まで熱気の真赤なオーラで包まれていた会場は一気に灰色へ転じる。
その時、ちょうど会場内の時計が19時を告げた。それを観客らはちらと見て落胆する。本当なら始まる時間。けれど、きっと中止だろう。思って大きなため息を吐き出そうとした。その瞬間だった。

耳を貫き頭を弾くような大音量。
ギターの弦が弾かれる。
息を、詰めた。
目を、見開いた。

ギターを持ったベーシストがステージ上に浮かび上がるように突然現れた。彼は観衆を見やって目を細めてにんまりと笑い、響くギターの音が鳴り止まないうちに次のメロディを奏でる。
悲鳴のような歓声が上がる。ギターの音が掻き消されそうになるほどのその大歓声にベーシストは殊更笑みを深くする。そして、紡ぐ音に声を歌にしてのせる。

「He is always chuckle at oneself, with cheeful.
 His favorite is mischief, and He loves it when everyone smile.
 But, He is a cool bassist when He appear on the stage.
 His name is smile!」

投げキッスを送り、雨に濡れた髪を掻き揚げる。その仕草に卒倒しそうになったファンの悲鳴が上がる。それから。

「He is meticulous and lecture. Don't scold so much.
 He is a good cook, and on top of that,
 He is more like a mummy to us than my own mummy.
 But, He is poweful drummer. His name is ash!」

名を呼ばれたドラムスはステージの裾から勢い良く側転して登場。勢いを殺さぬままに更にバク転をしてドラムの傍に着地。にっ、と笑ってポーズを決める。彼のパフォーマンスに歓声は更に大きくなる。様子にベーシストは独特のヒヒッという笑い声を聞かせた。
そして、ドラムを加えて続きを歌う。

「He is curt and very kind. But,He is apt to get angry.
 Oh, This is strictly confidential. Don't tell anybody!
 Anybody knows. That vocaloist is beautiful voice.
 And, our leader. His name is yuli!」

名を叫んで一際大きくギターをかき鳴らす。歓声がより一層大きくなり。しかし、呼ばれた彼は現れない。反響していたギターの音もドラムの音も消え、会場は一瞬、静寂に包まれる。ベーシストとドラムスは不適な笑みを浮かべて次の瞬間を待ち受ける。

静寂は今迄で一番大きい歓声で打ち破られた。

赤い翼を大きく広げ、ステージの上空、中空からヴォーカリストが舞い降りた。雨の中、大歓声に包まれて、銀糸の麗人は観客に一礼。
そして、妖艶な笑みを浮かべて、彼らの音を渇望して狂ったように声を上げる観客へ、美しい音を響かせた。


彼らの紡ぐ音はどしゃぶりの雨音も観客の声も凌駕して、強く鮮明に夜の空に響き渡った。




















 fin.









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