026.吐息











 真昼の太陽が射す元で、ユーリは両手を広げていた。
 庭の芝生に素足で立ち、晴れた青空に両手を広げて、太陽を仰いで、瞼は閉じている。纏われている服は、黒のスラックスと白のカッターシャツで、それは彼の普段着だった。何ら変わりのない彼の姿に反して、その行動は奇異だと思えた。吸血鬼が真昼に日光浴だなんて、そんな可笑しな事はない。もっとも、ユーリに関して言えば、灰になるなど決して有り得ない事なのだけれど。
 アッシュは自分の考えに苦笑して、洗濯物を抱えたままユーリに歩み寄った。
「何してるんですか?」
 笑顔で声をかければ、彼は両腕を下ろして瞼を開けた。
「何をしていると思う?」
 からかうでなく問われ、アッシュは先刻の苦笑を同じように浮かべ、日光浴ですか、と言った。ユーリはその返答に笑って見せて、柔らかな声を昼の空気に溶け込ませた。肩口では銀糸が揺れ、太陽の光を反射して煌く。
「そう言われれば、そうとしか答えようがないな」
 微笑んで言うユーリを、いつになく穏やかで柔らかな空気が包んでいる。これはどうした事だろうか。
 アッシュは僅かに戸惑いながら、言葉を続ける。
「じゃあ、なんて言えばいいんですか?」
「そうだな。何だと思う?」
「…それじゃあ堂々巡りじゃないですか」
 嘆息して見せれば、ユーリは可笑しそうに笑った。暖かな日差しの射す中、笑い声をこぼしながらユーリは軽やかに芝生の上を歩く。とん、とん、とまるで羽があるかのように。いや、実際に羽はあって、彼の体重はひどく軽い。だから、彼が軽やかに歩けることに不思議はない。不思議なのは、吸血鬼である彼が軽やかにふわりふわりと歩くことだ。
 アッシュはユーリを目で追う。昼飯前に撒いた水が、まだ芝生の上に残っていて、ユーリが跳ねる度に水玉は散って陽光を跳ね返す。それがキラキラと眩しくて、アッシュは目を細め、微笑むユーリに笑みを返す。
「光が、綺麗だろう?」
 より美しい微笑を浮かべ、とん、とユーリは立ち止まった。アッシュに体を向けて、
「だから、思ったんだ」
 美しい微笑を浮かべ、形良い唇、温かな声で紡ぐ言葉。
「――――――――――」
 彼の声は空気に溶け込んで、体躯は柔らかい芝生の上へ倒れ込む。その姿が信じられなくて、アッシュは我が目を疑った。心臓が止まってしまうのではないかと思われるほど驚いて、次の瞬間には洗濯物を放り出して全力で駆け寄り、倒れ込む体へ必死に手を伸ばしていた。
 ユーリと一緒に倒れこんだ芝生の上、アッシュの呼吸は震えていた。手も震えて、それでも、ユーリの頬へ手を伸ばす。頬を辿り、髪をなでる。ユーリは静かに見つめている。アッシュの手は確認するように何度も何度も行き来して、その手の震えが止まるころに、ぎゅっとユーリを抱きしめた。ユーリの体に耳を押し当てて、彼の生きる音を聞く。鈍い鼓動と、繰り返される呼吸の、そのささやかな吐息。
 どくどくと静まらない自分の心臓に、大丈夫だと何度も言い聞かせる。ここに彼の音があるではないか、彼の生きている音が聞こえるではないか。そう。光の中へ溶けてしまいそうに見えた。なんて、そんなのは錯覚に違いない。ユーリはまだここにいる。落ち着かない心臓に言い聞かせる。何度も。何度も。何度も。
 震えた声がユーリに落ちる。
「お願いですから………」
 白い手がアッシュの髪を撫ぜる。
「光に溶けてしまいたい、なんて、言わないで下さい」

 さら、と春の温かい風が吹いて、二人の髪と芝生とを揺らした。






























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