『 friend sick 』








いつも通り、雀の声で目が覚めた。
カーテンの隙間から零れる朝日に目を細めて、ダメなのは分かっているけど布団に深くもぐり込む。
うとうとし始めた頃にいつも通り、声が聞こえた。
「りえー?起きてるんでしょう?もう9時だよ。仕事遅刻するよ?」
かちゃかちゃと何かする音に紛れながら、いつも通りのさなえの声が布団越しに聞こえた。
「んー」
小さく唸るような返事を返して、恋しい布団を半分めくって上半身を起こした。体を起こすためにすぐに布団から出て、フローリングに足をつけて大きく伸びをする。いつも通り。
そう思ったとき、何か大きな音がした。
バタン。
何かが倒れる音。何事?
気付いたら自分が倒れてた。
そういえば頭がくらくらする。
あら?貧血かなぁ。
なんて軽く考えていたら、血相抱えたさなえの顔が覗いた。
「りえ!?大丈夫?」
「うん」
言ってすぐ立ってみせる。ほら、大丈夫。ただの貧血だよ。
言いかけて、またよろめいた。
「・・・うん。って、どこが平気なの?」
言われて苦笑い。
支えてくれたさなえに感謝しながら、自分でも体調がおかしいいのをようやっと自覚した。
「ねぇ、りえ。体、少し熱くない?風邪なんじゃない?」
さなえが額に手を当てて心配そうに言う。
「少し待ってて、体温計持ってくるから」
パタンとドアを閉めて、さなえはダイニングへと消える。
りえはぼーっとしながらそれを見送り、このままじゃまた倒れかねないと、ベッドに腰を下ろした。言われてみれば、自分の体温が少し熱い気もした。
 
ピピピっと電子音が鳴る。
脇に挟んでいた体温計を取り出して、表示されている数字を見る。
ちょっと、驚いた。
「何度?」
そう言ってさなえが覗き込んでくるのと、りえが答えるのは同時だった。
「38.9℃・・・」
二人同時に呟いて、さなえは絶句した。
もちろん、りえも。
こんな高熱を出している自覚なんてものはなかったし、こんな風になる原因も思い当たらなかったし、何より昨日の体調はすこぶる良かった。もちろん、昨日も早く寝た。
だから、こんな風になるのはどう考えても、おかしい。
「ねぇ、何か悪い事でもしたの?」
「特に思い当たらないけど、昨日の夜にさなえのプリンを食べたくらいしか・・・」
「なくなってると思ったら・・・・。まぁ、いいけどね」
「ごめん〜」
表示された数字をまじまじと見ながら二人は話して、りえは軽く一息吐くと体温計をケースにしまった。
高熱を出したのだと分かったせいで、余計に体が重くなった気がした。頭痛もしそうな気がしてくる。
熱のせいで熱いため息を吐いて、りえは上半身を起こしたまま掛け布団を胸元まで引き寄せた。
「さなえ、今日仕事だよね?私は平気だから行ってきてもいいよ」
「え?ちょっと何言い出すと思ったら・・・。病人おいてのん気に仕事行けるほど、私は薄情じゃありません!」
ぺちっとりえの額に冷えピタ張りながら、しかめっ面してさなえが言った。
「と、言ってくれるのは嬉しいけど。・・・今日の収録楽しみにしてたでしょ?」
ぼふんとベッドに倒れこんで潜り込みながら、ため息吐きそうな顔でりえが言った。
「・・・・まぁ・・・ねぇ」
歯切れ悪くさなえは視線を窓の外に向けながら答えた。一ヶ月も前からさなえが今日という日を楽しみにしていた事は、りえだって重々承知している。散々楽しみにしていると言っていたのは他でもないさなえだったし。
「・・・・無理して私の看病しなくてもいいって。私はもう子供ではありませんので」
からかう様に笑う。
部屋の時計が10時を告げた。
くっくるー。
「・・・・でも」
「でもへちまもございません。さなえにはさなえの仕事。私には私の仕事。今日、さなえはちゃんと収録して、
私は家でのんびりと療養するのです。パートナーがパートナーの邪魔してどうするのですか!そんなのは御免です。もし、さなえが今日の収録休むなんて言ったら、二度と一緒に仕事しません。さようなら」
「・・・・・・・・わかった。行くから」
たっぷりの沈黙の後、さなえは渋々承知したように言って一つため息。
表情はまるで困ったお母さん。
「早く行っといで〜。もう時間ギリギリでしょう?」
「はいはいはい。・・・・早く帰ってくるから。インスタントのおかゆが冷蔵庫の横の棚にあるから、お腹減ったら食べてね」
うん。と、りえが答えると、さなえはようやく重い腰上げて、おまけにため息つきながら部屋を出る。
「何かね、りえってレオくんに似てきたね。では、いってきます」
もう一つおまけに言葉を足して、さなえは静かに部屋を出て行った。
りえは揺れる長い髪の毛見送って、あなたも十分スギくんに似てきたね。心の中で呟いて、さなえが慌ててドアを閉める音聞いて、
ごろんと天井見上げて、さなえが用意してくれた水枕に頭を預けた。
たぽんっ。ごりごり。
水と氷が当たって音を鳴らす。
少し頭を持ち上げて、力を抜いて、もう一度同じような音を聞く。たぷたぷ揺れる水枕を堪能して、これ以上やると頭が痛くなりそうだなぁ。とか考えてたら、ちょうどタイミングよく睡魔がやってきたので、すんなり眠りに落ちていった。
次起きたら治ってるかもしれないと、僅かばかり思いながら。
 
 
 
朝と同じような、かちゃかちゃとした何かをする音で目が覚めた。
うっすらと瞼を開けて天井を瞳に写した後、りえはベッドの隣の机にある時計を見た。時間はちょうどお昼を回ったところだった。
この時間ではさなえはまだ収録中だろう。
そこでふと、気付いた。じゃあ、リビングで聞こえる音は何?誰がいるの?
少しだけ軽くなった体を起こして、足音を立てずにドアに近づいた。泥棒だったらどうしようかと曖昧に考えながらゆっくりとノブをひねって中を覗けば、そこには。
「・・・・・レオ君?」
見知った顔がコンロの前に立って何かしているようだった。
声に気付いたレオは、にこやかに笑いながら振り向いた。
「あ、おはよう。いや、おそようかな?どう、調子は?まだダメっぽい?」
鍋の中身をかき混ぜながら、レオはゆっくりと部屋から出たりえに尋ねた。
「うん。まだ少し調子悪いみたい。・・・・ねぇ、それよりなんでレオ君がいるの?」
自分の体調なんかより、なぜレオがここにいるのか。それが気になって仕方がなかった。レオは相変わらずぐるぐると手際よく何かをかき混ぜながら、うーんと少し唸ってから答えた。視線は鍋の中に注がれている。
「それは、ね。君と同じ理由なんだよ」
その言葉の意味に戸惑ってりえは僅かに小首をかしげる。
さらりと、長い髪が肩から零れ落ちた。
「今日、さなえちゃんとスギは収録して、りえちゃんと僕はのんびり療養する。という意味です」
言うと、レオは調味料がまとめて置いてあるところから、塩の小瓶を取り出して軽く振りかけた。
塩少々。なんて言葉が少しだけ聞こえた。
「療養って、レオ君どこか悪いの?」
「うん、まぁね。あ、立ち話もなんだからベッドに戻っててよ。おかゆ、すぐに持ってくからさ」
コンロの火を消して、食器棚から皿を取り出した。長年通い詰めたせいか、レオのその手つきに迷いはなかった。きっと、何処に何があるのか、物覚えの悪い私なんかよりずっと分かっているんだろうなぁ。そんな事をぼんやり思いながら、りえは「うん」と頷いて自室へと戻った。
 
りえが布団に潜り込んですぐにレオは部屋に入ってきた。コンコンと軽くノックした後、おかゆの乗ったお盆を片手にレオはドアを開けた。可愛らしいデザインのお盆にはおかゆともう一つ、何か乗っている。りえは顔半分、目から上だけ布団から出してそれを見た。
コトリとサイドボードにお盆をおいて、レオは近くにあった線の細いイスを引き寄せた。
茶色くて大きな瞳が覗く。
「おかゆ、食べれそう?」
それを上目遣いに見つめ返して、瞬きをぱちりぱちりと数度した。
りえはのっそりと掛け布団をどけて、上半身を起こした。
それを見届けてレオはイスに座る。
さらりと髪が揺れて、遠くなる。
「それはレオ君のお手製ですか?」
お盆と同じサイドボードにあった髪ゴムを取り、それで長い髪を一まとめにしながら聞いた。栗色の髪はりえの手の動きに合わせて、わさわさと動いた。
「そう。僕のお手製。スギみたく焦したりしてないから、安心して食べていいよ?」
にんまりと笑ってレオは言った。
それに僅かに笑んで、笑い声を漏らす。
「まだ根に持ってるんだね」
「そりゃあね。僕の大事な外国産の高くて美味しいチョコを溶かす作業で焦がすなんて信じられないね。まったく。
というか、溶かして違うものにして食べようって事自体が間違ってる。あれは素で十分美味しいのに!ねぇ?」
呆れ返った声音で、ため息吐きながら肩をすくめるレオの言葉にりえは笑いながら、そうだね。と答えた。見れば、お盆の上にはおかゆとお茶を注ぎ込まれた青色の透明なグラス、それから冷やし中華が乗っていた。
グラスの中の氷がカランと音を立てて崩れた。汗をかいている。
「それはレオ君の冷やし中華ですか?」
「そう、これも僕のお手製」
答えに少しの沈黙で返して、りえはぼそりと呟いた。
「ここで、食べるんだ」
疑問というよりは断定に近い口調で言って、りえはおかゆへと手を伸ばしす。皿のふちを掴んだ。力ない動作でサイドボードの端まで引き寄せて、軽く持ち上げる。
「・・・・食べさせてあげよう」
レオは強引にりえからおかゆの入った橙の皿を奪った。中身は零れなかった。言葉と行動に目を瞬きながら、レオの茶色の瞳を見つめる。色素の薄い瞳。彼の色素は目だけでなく、髪も肌も薄かった。爪さえもそう、思える。けれど、それは周知の事。りえにとってはなおの事。りえはその見慣れた茶色の、マロンクリームみたいな瞳をもう一度しっかり見つめる。
大きな猫目が笑っていた。
レンゲが淡白いおかゆをすくう。レオは自分の口の近くまでそれを運んで息を吹きかけた。
冷ましてくれているのだと、すぐに分る。
りえはその動作を観察でもするかのように眺めて、ただ眺めていた。
冗談の一つも、ちゃかした言葉の一つも言えない。
いつもなら。
そう考えると、ああ、自分は弱っているのだなぁ、風邪を引いているのだなぁ。そう感じざるを得ない。
つっと、レンゲが差し出された。
「はい、あーん」
にこやかな笑顔でもって、レオはりえに言った。
差し出されたそれをしばらく無表情で眺め、りえは緩慢な動作で口に含んだ。柔らかくほぐれたご飯と、少し効いた塩味が素直に美味しいと思った。
レンゲから口が離れる。
「おいしいでしょ」
尋ねているとは思えないほどの調子で問われた。
その答えに、こくんと頷く。
髪が揺れた。
「隠し味は梅かなぁ?」
独り言ともとれるような呟きで、それでも一人ではないのでこれはやはり会話の一端だと思わせる言葉。りえは小首をかしげて緩やかに笑んだ。レオはそれに笑み返して、そうだよと答えた。
そして、またりえの口へとおかゆを運ぶためにレンゲでおかゆを掬い、レオは息を吹きかけた。緩々と熱が奪われていく。
 映画のワンシーンみたいな、いや、恋愛ドラマのワンシーンのようなそれに、りえの頬が紅潮していたのをレオは知っていたのだろうか?
 
結局、皿の中身が空っぽになるまで食べさせてもらった。
からんとレンゲが皿に投げ込まれ、その手でレオは汗をかきすぎたグラスを小さな布巾で拭いた。
「はい」
渡されたグラスの冷たさにため息が漏れる。
小さな氷がこつんとグラスの壁に当たった。
「イチョウ葉茶」
口をグラスの端につける寸でのところで呟き、こくっと一口、琥珀色のお茶で咽を潤した。
「これ、レオ君の家から持ってきたんだよね?」
「そう。なんか今日は味に敏感だね。どうしたの?」
冷やし中華に汁を浸してかき混ぜながら、レオは笑いながら聞いた。
「いつも思っている事を、今日はあえて口にしているだけ。いつもとかわんないよ?」
ふふっと笑って、お茶をもう一口含んだ。
「それはいつもと違うのと同じでしょ?」
言って、レオは冷やし中華を食べ始めた。
カタカタと窓ガラスが揺れた。風が唸っているのが確かに聞こえる。
そういえば、昨日の天気予報で台風が接近しているなんて事を言っていたような気がする。今年はこれでもう三度目の直撃になるかもしれない。さなえは大丈夫かな?思ってすぐに答えは見つかる。
「ねぇ、レオ君はさっきさ、自分もどこか悪いとか言ってたよね?」
きゅうりをパキパキおいしそうに食べるレオに聞く。
「そういえば」
口をもぐもぐさせながら答えて、次は黄色い柔らかそうな卵を口に放り込む。
「どこが悪いのか見当もつかないんだけど」
元気良く、食欲旺盛に食べるその姿を見る限りどこかが悪いようにはとても見えない。そう言いたいらしい。レオは一旦、口の中のものを全て飲み込んで、お茶で口の中をさっぱりさせた。ふう、と息を吐く。
「心が病んでいるのですよ」
「こころ?」
くすっと笑ってりえは真面目な顔して話し出したレオに聞き返す。
「そう、心。辛い仕事で疲れた心を癒すために来たのですよ」
仕事に疲れた中年サラリーマンの顔して言う。噴き出しそうになるのを我慢しながらりえはさらに聞く。
「じゃあ、私はレオ君の癒しなの?」
「そういうことです。可愛い女の子と昼食を共にして癒されない男はいませんよ」
ついに噴き出して笑い出したりえに、優しく微笑んでからレオはまた自分の昼食を再会した。

 
 
サイドボードの上には、空になった皿とコップが並んでいる。
ゆっくりとした昼食は終わった。
 
 
 
夏なのに蝉の声が聞こえない。
風の声だけが耳に届いている。
 
 
 
「ねぇ、病気の時っていつもと違うよね?」
唐突に聞かれた。
「そう、なるのかなぁ、やっぱ」
仰向けに横になっているりえを見やって、レオは答えた。いつもと違うから「病気」と言うのだと、レオは思う。天井を見つめたままのりえはゆっくりとまた口を開く。
「じゃあ、病気になった勢いで」
「お酒じゃないんだね」
くすりと、僅かに笑い合って、互いに視線を合わした。りえはベッドサイドに座るレオを見つめた。茶色の色をした瞳を覗き込む。
すっと息を吸って、軽く瞬きをする。
そして、意を決したかのように聞いた。
「私の事が好きですか?」
「今さらだね」
ふっと笑った。
けれど、りえは笑わない。
レオも茶化すつもりで笑ったわけではないので、すぐに目だけは真剣そのものに戻す。
「どうして聞くんだい?・・・なんて事は言いやしないけどね」
りえの汗ばんだ額に張り付いた前髪を優しくかき上げながら、
「好き」
一言言って、額にキスを落とした。
りえの頬が少しだけ赤い。
「・・・・・しょっぱい」
「失礼だよ?」
額は汗ばんでいるのに、そういう事はするもんじゃないでしょ?
目で訴えて、少しだけ笑った。
「だってさ・・・・」
耳元で呟けば、また少しだけ朱に染まるりえの頬。
可愛らしいよね。本当にそういう所が。
思って、レオは満足げに微笑んだ。
「じゃあね、さなえは私の事が好きですか?」
「他人の気持ちは分かんないよ」
さらり、その発言っぷりと同じくレオは髪を梳きながら。
「そう、だね。・・・嫌いだったら、僕の家にずっと入り浸ってんじゃない?僕を追い出して、スギと二人きり。
君の事なんか忘れてね。もちろん僕の存在もね」
茶化して言って、猫の笑い。
カタカタとまた風によってガラス窓が揺れた。
風が強い。
けれど、窓が揺れるだけ。
「好き、だったら。僕にもうちょっと優しくしてくれてもいいかな」
「・・・なんで?」
笑うレオに疑問符を浮かべて、りえは目をぱちくりさせる。
睫毛が長い。
「だって、僕は君の恋人じゃん。親友の恋人にあの態度はどうかと思うよ?」
すくっとレオが立ち上がる。
それを、何をする気なんだろうと、静かにりえは見つめるばかり。
今日はなんだかレオ君のことを観察してるような事がおおいなぁ。なんて思ったりもしたが、とりあえず眺める。
「あ〜らレオ君。今日も!来てたのね。毎日毎日ありがとう、りえのために。そろそろ帰らないと夕飯に間に合わないんじゃなくて?」
手振り、身振り、声振り。
すべてさなえのマネして言うと、にっとレオは笑った。チャシャ猫の笑いだと思った。
「一昨日の彼女の行動の再現です。第一声がこれだと・・・・・ね?」
対照的とも取れる笑いをゆったり浮かべて、「愛されてるねぇ、僕の愛には敵わないけど」レオは苦笑した。
 
涙が浮かんだ。
目頭が熱い。
だけど、笑った。
声を出して、抑える事の出来ない気持ちを笑った。
嘲笑ではなくて、そうじゃなくて。
「もう・・・レオ君は・・・」
息も絶え絶え笑うものだから言葉にならない。
レオも可笑しそうに笑う。
「さなえちゃんがこの光景見たら、何事だって言うね。そして、原因聞いて静かに怒るね。怒りのオーラの渦だしながらさ」
悪戯な笑みを確かに顔に浮かべながら、両手を肩の高さですくめて見せる。
「やだ、やめてよぉ、息が出来ないでしょ?」
レオのトドメにもとれる言葉に大笑いしながら、りえは笑い涙にも見える僅かな雫をこぼした。
 
 
 
たまには不安にもなるよ。
 
 
 
「おかえり」
玄関の重たい鉄扉が開く音を聞いて、レオは今まで見ていた雑誌をパタンと閉じた。
ノンノ。
「・・・・・・・・」
「あれ?スギもきたんだ。仕事帰り直行デスカ?」
笑って言ってさなえの横に立つスギに、お疲れ様。と付け加えた。もちろんそれは、さなえにも言った言葉なのだが。
「りえは?」
そんな事はどうでもいいと、さなえは簡潔に聞く。
やはり、こんな時でもさなえはさなえ。
「寝てます。ぐっすりね・・・熱も下がりました」
 見るからに愛想笑いと分かるようなものを顔に貼り付けて、レオは雑誌を片付けた。
「そう」
レオの視線が他に移ったのをいい事に、安堵の笑みを浮かべ、ため息を吐いて、さなえは自分の荷物一式を自分の部屋に音がしないように乱雑に放り込んだ。
あくまで音は立てない。
それにレオはふっと笑みを浮かべた。
「なに?」
目ざとく気付いたさなえは片眉上げて問うた。スギは素早く荷物を降ろして端に寄せた。はぁ、とため息を心の中でだけ漏らす。レオはいつもの笑いをいつも通り浮かべた。
「いえいえ何も?」
完全にバカにした視線と態度、そして口調。
「ああ、そう」
つっけんどんに言い返して、さなえは炊事場にたった。
眉間にしわを寄せたまま、ぐっと蛇口の取っ手を上げて水を出す。
静かに手を洗った。
スギも続く。
彼女らしいね。本当に。
スギにとっては少し空気が痛いのだが。
「あ、ねぇ、レオ。りえちゃんが風邪引いた原因はわかった?」
タオルで手を拭きながら、見れば冷蔵庫を勝手に物色しているレオに言う。
それにさなえの眉毛がぴくりと動く。
私が分からないのにレオに分かってたまるものか、という空気が一気に部屋を満たす。それに気付いているのだろうが、まったく気付かない振りしてレオはパタンと冷蔵庫の扉を閉める。手にはプリンがある。
いいのか?スギは思った。
「知恵熱?・・・疲れが溜まってたんじゃない?」
軽やかにプリンの蓋をあけて、それを舐める。レオの癖だ。外ではやるなとあれほど言ったのに。スギは呆れたと言わんばかりのため息を吐いた。
「?」
 さなえは疑問符を浮かべる。
「知恵熱?」
きょとんとレオを見る。
首をかしげる。その拍子に髪が肩からこぼれた。
さらり。
こういう所は似ていると思うのに。
「まぁ、病名として言うなら・・・・・・」
蓋をゴミ箱に捨てて、食器棚の引き出しにあるスプーンを取りながら言った。
 
 
 
スギは何も特に思わなかった。
さすがに付き合いなれているのだと、さなえの目には映った。

さなえは変わらずに、さらに目を丸くするだけだった。
まったく、こういう所は似ているというのに。
 
「はっきり、言ってほしいんだけど」
 
ここが違うところなのかな、と。
甘いプリンの味を楽しみながら、ただ、そう思った。
 
「さなえちゃん最近忙しかったよねぇ・・・・・」
「訳分かんない事言わないではっきり言え」
 
りえちゃんがプリンなら、さなえちゃんはコーヒーゼリーだよね。
そう思わない?ねぇ、スギ。
 
二人の会話は成立する事はなし。
 
 
 
 


 
だからさ、疑ってもいいし、試してみてもいい。
 
 
 
だけど、多分心は通じてる。
 
 
 
そんな事しなくてもね。
 
 
 
そう思ってもいいんじゃないかな。
 
 
 
時にはさ。
 
 
 
 
 
だから。
 
さぁ、はやく。
 
おやすみなさい。
 
 
 
 
 
 
 














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