『 coffee break 』








梅雨。が、どうやら始まったらしいと、薄ぼやけた外を眺めながらスギが零した。細い線のような雨が暗雲の元より惜しみなく降り注がれている。昨晩から降り出した雨は半日たった今でも止む気配を一向に見せず、単調な、けれどそうでもない音を奏で続けていた。
ベランダへ続く雨に滲んだ窓を、窓の外の灰色の町並みをレオはソファに寝転んだまま眺めて、ふぅんと興味なさ気に答え、もそりとも動かない。
その反応に苦笑してスギはソファの僅かに空いているスペースに腰を降ろした。
スギの体重を受けてやんわりとスプリングが軋む。音が部屋に反響することなく響く。
スギはわざとソファを揺らすようにして、フローリングの上、無造作に置かれている音楽雑誌を拾う。それは丁度レオの寝転がる場所の真下で、さっきまでレオが読んでいたことがよく分かった。
拾い上げると、始めの方のページが変な形にいくつも折れ曲がっていた。途中で飽きて放り出したのだろうとすぐに察しがついて、スギは折れ目を丁寧に直してから足を組み、その上に雑誌を置いて読み始めた。
ソファの上のレオはぴくりとも動かない。猫のように丸まって、動こうともしない。両手は力なく投げ出されていて、肘から先がソファからはみ出して宙に浮いている。口はだらしなくほぼ半開きで、呼吸が緩慢に繰り返されるたびに、腹が膨らんだりへこんだりを繰り返す。
レオが変わらずに外を眺めているなか、少し強い風が吹いて窓に雨を叩きつけた。その音に誰も反応する事はなく、けれどレオの吸う空気が微量の変化を起こす。すんと鼻で息をすると、スギが愛飲している珈琲の柔らかい匂い。レオは僅か猫のように目を細めた。
レオの変わらない視界の端、スギは手元に引き寄せた雑誌をゆっくりとくる。レオのそんな事には気付く風でなく、いつの間にか掛けた細いフレームの眼鏡を、折り曲げた右手の中指で押し上げた。かしこそう。視界の端にしか映っていないのにそんなショウもない事を思って。
ぱらり。
ページをくる音を聞く。
細めたままのレオの目が、眉根と共に歪む。
音は定期的に続く。
そして、それが十数回続いた頃、ようやくスギはソファの手前、猫足のテーブルに置いたコーヒーへ手を伸ばす。視線は雑誌に向けたまま飲もうと、ほんの少し傾けた拍子にカップの中の氷がからんと音を立てた。レオが思わず視線をスギに送る。スギは変わらず雑誌の上の文字列を追いながら、ガラスの透明なカップをテーブルの上に戻す。レオはそれを見つめた。
「・・・・・・エスプレッソに牛乳」
「・・・ん?」
「珍しいよね」
「ああ・・・」
テーブルの上のグラスを眺めながらレオはぼんやりと言う。それにスギは緩やかに反応してレオの方を向く。レオはそれを気に留める様子もなく。
「しかもアイス」
もともとホットが好きなスギがこんな鬱陶しい日に、蒸し暑いようなけれどどこか冷えた日にアイスコーヒー。真夏以外は好んで熱いままのコーヒーを飲むスギがこんな日にアイスコーヒー。
レオの目にスギの視線がゆっくりと合わされて、レオは拒絶する事もなく目を合わせてやる。スギは零れるような笑みを浮かべて。
「だってレオはアイスのほうが好きじゃん」
ああ、これはもしかしなくても。
「・・・なぁにぃ?僕のために淹れたのぉ?」
「ま、そゆコト」
「自分で飲んどいて、なぁに言ってんのさ」
「そう硬いこと言わずに・・・」
どぉぞ。寝転んだままのレオに先ほどのグラスを差し出す。レオは眉を寄せてそれを一寸睨むと、重たげに体を起こした。温度差でほんの少し結露したグラスをスギの手から受け取って。その時少しだけ指が触れたりして。同じように水が手に絡み付いて。
レオはスギが口付けた場所に唇を合わせて、冷たくて甘いコーヒーを咽に流し込んだ。からん。氷がいかにも爽やかな音を立ててグラスの中で揺れる。
見るでもなく、レオは白い猫足のテーブルにそれを戻して、いつの間にかまた雑誌に視線を落とすスギを見やった。そして一息吐いて脱力したように凭れかかる。
スギはそれを不平を言うでもなく受け止める。
レオはスギの肩に頭を預けて、同じように雑誌を読み始める。レオの伸びた髪がスギの首筋をくすぐって、スギは僅かに微笑むと雑誌をレオのほうに少し傾けてやった。





雨が止む気配はまだない。




















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