『光と踊れ』








ねぇ、僕はどうしてここにいるの?



 お気に入りのタオルで、流れ落ちる汗を拭う。
「タイマー、お疲れ様」
使い終わったタオルを首にかけた僕に、そう言って缶ジュースを渡したのはアイス。
僕のプロデューサーでもある彼は、その優しい性格からか、こまめに世話を焼いてくれる。
今も撮影が終わったところで、アイスだって疲れているはずなのに、こうして缶ジュースを買ってきてくれた。
とりあえず僕は、アイスが差し出してくれている缶を受け取りお礼の言葉を言う。
「ちょうど咽が渇いてたんだ。ありがと」
言うと彼は笑って、どういたしまして。そう返した。
それを聞いた後、僕は近くにあるベンチに勢いよく腰を下ろす。
あまりにも良すぎて、お尻が少し痛かったがそれは無視しておいた。
疲れた体を背もたれに預けて、缶を開けて中身を一口飲む。
炭酸飲料独特の爽快感。とでも言うのだろうか、それが口の中いっぱいに広がる。
この感覚が僕は堪らなく好きだった。
 そういえば、アイスは少し苦手だと言っていた。
 けれど、僕にしてみれば、コーヒーにミルクも何も入れないで飲む彼が、この感覚を苦手と言うのはよく分からなかった。
 それに、あんなに苦いコーヒーを平然として飲むなんて、見かけによらず大人だと思う。
実際、僕よりは少し年上なのだが、あの可愛い外見からは想像出来ない事だ。
僕はもう一口飲んで、アイスに目線を合わせる。
立っている彼を座っている僕は見上げる形になる。
なんだか少し癪だった。
だけど、アイスはそんな事には気付きもしないで、
「そのタオルのかけ方、親父くさいよ?」
そう言って笑っている。
「ひどいなぁ〜、僕まだそんな年じゃないって!」
僕も笑いながらそう言って、今度は撮影機材の片付けをしているスタッフを見ながら、訊いてみた。
「アイスはこの後どうする?」
もうほとんど片付けられた撮影現場を見ながら言うと、彼は少し驚いた後、呆れたように口を開く。
「もしかしなくても・・・タイマー、この後遊ぶ気でいる?」
怪訝そうに目を細めて訊くアイスに、僕は元気よく返す。
「あたりまめじゃん。僕はまだまだ元気だからね!」
そう、今回の撮影場所は『遊園地』だったのだ。
さすがに撮影を始めた昼前とは違い、空は綺麗な橙に染まって、閉園時間も近づいていていた。
だけど、こんな楽しそうな機会を逃す僕じゃない。
これを逃せば、今度いつ遊園地に来れるか分かったものじゃないからだ。
だから僕はあえて、疲れた体に鞭打って、遊ぶという行為に出るのだ。
 それに、この長期休暇のない紅葉の季節、ナイト営業がない事や、平日ということも手伝って、人はすでにまばらだった。
 まさしくこれは、天が僕に与えた羽を伸ばすチャンスなのだ。
それを有効に使わなくては、バチでも当たるってなものだ。
僕はもう一度アイスにこの後の事を訊いてみる。
「アイスは僕に付き合ってくれる?」
すると彼は、冗談じゃないそんな体力は僕には残ってないよ。とでも言う風に、手と首を振った。
「そっか、残念。じゃ、スタッフのみんなにこの事伝えておいてね」
「・・・分かった。気をつけてね?遅くなる前に帰るんだよ?明日も撮影あるんだから」
「分かってるって!」
 彼の言葉に元気よく返事を返す。
まだまだホントに元気なんだよ〜。と言うかのように。
実際はそうでもないのだが、これは秘密と言う事で。
なんと言っても、僕は素敵で無敵なとっても元気な妖精さんだからね。
そんな僕を見て、アイスは苦笑して、片付けが終わって手の空いたスタッフに呼ばれ、この場を後にする。
遠ざかる彼の背中を見ながら、僕は缶の残りを一気に飲み干した。
そうして、ゴミ箱がどこにあるかふらふらと探す。
 そんな時、ふと、行ったはずのアイスに呼ばれた。
振り返れば、息を切らした彼が尋ねる。
「今日、僕の家には寄るの?」
そうなのだ。僕は最近よくアイスの家に言って、夕食をご馳走になる。
それは、残念ながら、僕には夕食を作ってくれるような人がまだいないからだ。
まぁ、アイスが面倒見てくれているわけだから、全然問題ない。そう、問題ない。
僕はしばらく考えた後、
「・・・うん。多分寄らせてもらう。僕の好きなハンバーグカレー作ってくれてたら、もっと確実に寄る」
そう、悪戯っぽい笑みを浮かべながら答えた。
「分かった。いいよ、作っとく。そういうと思って、訊きに来たわけだし」
そういうとアイスは、もう一度だけ、気をつけてね。と言って背中を向けた。
僕的には、その返答が少し気にならないわけではなかったけれど、
とりあえず、去っていくアイスに手を振っておいた。





 メリーゴーランドが回っている。
木馬が子供を乗せて、同じ所をぐるぐるぐるぐる。
音楽と子供のはしゃいだ声が聞こえる。僕は目を閉じた。
そういえば、僕も昔好きだったなぁ・・・。
思って、両親と行った遊園地が懐かしく思い出された。
あそこは、もう潰れたんだっけ?あれ?それは違う所だったっけ?
そこまで考えて、どうでもよくなった。その遊園地がまだあるか、なんて。
 音楽がふと止まる。
木馬の檻から小さな男の子が笑顔を浮かべながら出てきた。
子供はその子の親と思われる人と手を繋いで、僕の視界から消えた。
止まったメリーゴーランドが眼に映る。
ライトアップされてもいないのに、木馬のガラスの瞳がやけに輝いて見えた。
こんな所をぐるぐる廻るだけの木馬の瞳なのに。
ガラスなのに、やけに無機物臭くなくて、僕にはなぜそう見えるのかよく分からなかった。
 陽はとっくに沈み、空はもうじき濃紺に包まれる。
そろそろ閉演のアナウンスが入るかなぁ。
その前に、帰ろうかなぁ。アイスにも遅くなる前に帰れって言われたしなぁ。
どうしようか考える。
それで、何故かとりとめもなく、明日の事とかを考えてみて、一つの答えを見つけた。
ああ、観覧車が見たいなぁ。
どうしてそれに行き着いたのか、それが本当に答えなのかも、はっきり分からなかった。
けど、今の僕にとって、とても明確な答えには違いなかった。
とりあえずはそれに従う。
結局、僕は掴めないでいる。
自分の胸に何が痞えているのかさえも、わかっていなかった。
僕はゆっくりと瞬きをすると、疲れた体を観覧車の前まで運ぶべく、足を緩慢に動かし始めた。
緩やかな風が気持ちよかった。
さらさらと流れる風は、とても。

 大きな通りに出る。そこはすでに人通りはなく、静かに時間が過ぎていた。
大通りの一番奥に、観覧車はあった。
この遊園地のメインであるらしい観覧車は、その貫禄を僕に堂々とさらけ出していた。
僕はそれに不快感などは覚えず、ただ、大きいなぁ。そう思った。
見上げていた視線を下ろすと、ふと。ふと、気になるものがそこにあった。
 黒いそれはあまりにもこの場所に不似合いすぎて、目を疑う。
見間違いじゃないの?ほら、なんかのイベント衣装着た人かも。
きっと、そうだね。やだなぁ、僕ってば視力落ちたのかなぁ。
本当の眼鏡を買うべきなのかな。
伊達眼鏡を中指で、クイっと上げる。ちなみにこれは変装。トレードマークであるウサ耳の帽子もしていない。
やだ、嘘だ。
 こんな所にいるはずのない人物を少し近づいて凝視すれば、その人は気配に気づき顔を上げる。
そして、社交的な笑みを浮かべる。
形のよい唇が笑っていた。でも目は相変わらず。
僕は信じられないながらも、挨拶する事にした。
「こんにちは、ユーリ。こんな所で会うなんて奇遇だね」
「・・・ああ、そうだな。夏の写真撮影以来か?お前に会うのは」
声を聞いて、やっと確信。
これはユーリだ。『Deuil』のリーダーでヴォーカルの・・・ユーリだ。
「そだね。・・・ねぇ、ユーリはどうしてこんな所にいるの?僕的にはすごく意外なんだけどさ?」
とりあえず、ユーリその人だと分かったところで、一番気になる質問。
ユーリが遊園地にいるなんて、『鬼の目にも涙』?あ、違う違う。『鬼に金棒』!ん?これも違う。
あれ?なんていうんだっけ、こういう場合。
思案していると、
「・・・そういうお前は?」
訊き返された。
僕はユーリの答えが気になるから、その質問に素早く返答。
「僕はね、今日ここで撮影があったからなのさ!」
いつもの調子で言えば、ユーリは少し笑った。
あれ?なんだか前会った時より表情が柔らかい気がするんですけど。気のせいかなぁ。
「んでんで、ユーリはどうなのさ?」
「私か?・・・そうだな。まぁ、お前と同じようなものかな。近くのスタジオで撮影があって、その帰りだ」
「ふ〜ん・・・そなんだ。ユーリでも帰りしに遊園地に寄ったりするんだね。へぇ、意外」
「・・・まるで、私が此処にいてはいけないような言い草だな」
ふっと、笑みをこぼして笑う。
綺麗な銀髪がさらさら揺れる。
いいなぁ、さらさらの髪の毛。そんな女の子みたいな事を思いながらも、会話を続ける。
「ねぇ、でも。どうしてユーリはここに来たの?なんで、遊園地なの?」
「・・・・・・」
「寄れる場所なら、他にもいっぱいあるのにさ。どうして?」
「・・・・・・」
ユーリは答えない。
僕があんまり五月蝿いので怒っているのかもしれない。
そう思った矢先、ユーリは可笑しそうに苦笑した。
そして、意外な言葉がその声で発せられる。
「今日はやけに饒舌だな・・・」
僕が饒舌なのはいつもの事じゃなかったっけ?
ユーリの言葉を不思議に思いながら、彼の瞳を覗き込む。
綺麗な綺麗な紅色の瞳は、さっき笑っていた事を微塵も感じさせないほど、真剣なものになっていた。
一瞬にして空気が変わる。色が。質量が。
「私の中に答えを求めても、それはお前のものじゃない」
静かに紡がれた言葉に、僕はただ、少しだけ首をかしげた。
「・・・何をしたいんだ。お前は」
まっすぐ見据えてくる瞳から目を逸らしたくなる。
でも、逸すことも出来ない。
なんで、そんな、よく分かんないよ。
そう、よく分からないんだ。

僕がどうしてここにいるかなんて。

 そして、ユーリはまた苦笑する。
張り詰めた空気はそのままにして。
「私は、逃げてきたのだよ。今の私から・・・な」
これは、さっきの僕の質問の答えだ。
彼は瞳を伏せ目がちにして、続ける。
長い睫毛の影が落ちる。
「時々。ごく稀に、全てのものから目を逸らしたくなる時がある。私はそんな時、今の自分とはまったく逆の世界に行くのだよ。
そう、例えばここだな。私の中にはない空気に触れて、あるいは懐かしい空気に思いを馳せて、今、自分が何をしたいのかを考える」
まるで自嘲するかのようにユーリは笑って、その綺麗な声で言葉を続ける。
僕はそれに聞き惚れる。透き通った声が、耳に届く。
「とりとめもない事を、気の済むまで考えて、ようやくそこで気付くのだよ。何が大切で、必要で、したい事なのか。
明確には指し示せないけれど、ぼんやりとした、だが、確かなそれに満たされたような気がして、そこで私はもとのところに戻る」
僕は、静かにユーリが言い終えた言葉を噛み締める。
僕は、僕と同じ紅い瞳を、今度はしっかりと見つめ返す。
ユーリの紅い瞳は、強い光を宿している。
光の中に、明確な答えが見えた気がした。
ユーリは僕の瞳を見ながら、実に彼らしい笑みを浮かべて再度問う。
「お前は・・・お前はなにがしたい?」
瞳を逸らせないまま、動揺を隠さないまま、先程のユーリの自白もそのままに、手探りを続ける。
「僕は、なんとなく。・・・・・・寂しくなった。ホントにしたい事とか、してるのかな。とか考えてたら、すごく寂しくなった。
それで、なんでだろう。だとか、今までしてきた事はホントにしたい事だったのかなぁ、とかいろいろ考えてたら余計に分からなくなって。
うん。何にも分からなくなる前に、何とかしたくて、ここに来た。だって、だってね。ここはさ・・・・・・」
ふと口元が緩む。
笑顔が溢れそうだった。
「僕の好きなものがいっぱいある場所なんだもん」
答えなんて、始めから傍にあった。
ただ、遠くを見すぎて近くにあるそれに気付かなかった。
『灯台下暗し』って事だね。うんうん。
「僕はやっぱり笑っていたいよ。みんなに元気を分けてあげたい。やっぱ、そう思うんだ」
にこやかに笑う。
「僕らしいってのは、やっぱし、僕のしたいことをしてる時だと思うしね。それに、みんなが笑ってたら、やっぱりすごく嬉しいんだ。だから・・・ね!」
僕は僕らしく、僕のしたい事していく。
僕は確かな答えを掴んだ。
結局、僕の戻る場所は変わらない。きっとこの先もそうなんだろうね。
「えへへ、ラヴアンドピ−スだね」
言えばユーリは、お前らしいよ。そう笑った。

 あのメリーゴーランドの木馬は、きっと自分のしたい事をしているから、あんなにも瞳が輝いているのだ。
ただのガラスの瞳だけれど、きっとそれだけじゃない。
思いがあって初めて出来る輝きなのだ。きっと。
僕も、あんな風に強い光を宿した瞳に、自分の意志を貫ける、思いを成し遂げられる自分に、成りたい。

「ねぇ、ユーリ」
「ん?」
「アリガトね」
「ああ。・・・たいした事ではないだろう?気にするな。第一お前がらしくないと、こちらの調子も狂う」
「そうなの?でもユーリ、優しくなったよね。表情とか」
「は?」
「うん。絶対そう。なんかの影響?」
「・・・・・・」
「ユーリ?」
「朱に交われば紅くなる。とは言ったものだが、どうしたものかな・・・これは」
「え?別に悪い事じゃないからいいじゃん。」
「そう・・・か?」
「うん。そうだよ。それで、誰の影響なのさ」
「・・・おそらく、私のバンドの新メンバーの、だろうな」
「え?誰?担当の楽器は何?」
「ドラム・・・」
「ふうん。そうなんだ。今度紹介してね」
「・・・明日会えるだろう?」
「え?なんで?」
「明日私たちと収録だろう?もしかしなくても忘れていたのか?」
「ん〜。それは正しくないね。記憶されていないの間違いだよ!じゃ、明日会えるんだね」
「そういう事だ。・・・では、そろそろ失礼するとしようか」
「あ、ユーリ。ちょっと待って・・・」





 目の前の黒い鉄の扉を開く。
鍵は今しがた僕が外した。
そして、中にいる人物に挨拶。
「ただいマンゴー!!」
勢いよく入れば、彼は呆れた視線を向けながら、一応、それに答えてくれた。
「おかえリンゴ」
無愛想くさいが、まぁ、そこはあえて無視。
出迎えてくれるだけでも、十分嬉しいし。
とりあえず僕は開けたドアを閉めて、靴を脱ぐ。
「・・・いつからここは君の家になったんだか」
ため息を吐くアイスを横目に、キッチンとダイニングへ繋がるドアを開ける。
そこに待っているであろう、僕の大好きなハンバーグカレーに焦がれて。
が。
いつも食事をしているテーブルの上に、その姿はない。
「・・・あれ?」
呆然と何も置かれていないテーブルを見つめていたら、アイスがとんでもないことを言った。
「あのね、タイマー。まだ出来てないんだ」
「え?えええええ?!ど・・どういうことなのさ!アイス」
お腹がぺこぺこの僕は、その余りの答えにアイスを糾弾する。
「・・・いや、ね。なんていうか、気付いたらね。時間が流れる水の如く過ぎていたって・・・聞いてる?」
タイマーは床に手と膝をつけて、ひたすらどんよりしていた。

 後ろでお肉を焼く音がする。
いい匂いもする。
僕はため息を吐いた。
「ねぇ、アイスぅ。まだぁ?」
テーブルの上に突っ伏したままで、やる気なく言う。
もう、本当にお腹がすいた。
「・・・文句言うんだったらさ、少しは手伝ってよ」
「僕が手伝ったら余計に遅くなるでしょ?」
エプロンをして、料理をしているアイスの反論に、僕はぴしゃりと答えた。
この前、アイスとお菓子を作った時、それはもう凄かったからだ。
言葉では言い表せない、そう、まさに混沌の世界だ。
「なにさ・・・誰のせいでこうなったと・・・・」
なんか、珍しくアイスが小声で文句を言っている。
なんなんだろ。
アイスの不機嫌オーラをものともせずに、僕は今日の事を話す事にした。
アイスの気も紛れるだろうし、何より、僕の空腹を紛らわしたかった。
「今日ねぇ、あの遊園地でね。ユーリとジェットコースター乗ったんだぁ」
先程と同じように、あまりやる気のなさそうな声。
決してそうではないのだが、腹が減っていては仕方がない。
「へぇ・・・・・・って、ユーリ?!本当に?」
フライパンから目を離し、こちらを振り返って見ながら尋ねるアイスに、僕は簡潔に「うん」とだけ答えた。
「・・・それでね。なんか悩みを解決してもらった。ユーリってば優しくなったみたいなの。表情がね、凄く優しくなってたし」
伸ばした手を適当に動かし、それをぼんやりと見ながら言う。
ユーリはあの後、こう言ってたっけ。
「人というしがらみに捕らわれすぎて、自分が見えなくなるんだ。人のことばかり気にしすぎて・・・な。
そういう時は、多少自己中ながらも、自分のしたい事や大切なものだけを考えるようにしろ。そうすれば、結構すっきりするものだ」
とかなんとか。
饒舌なのはユーリの方じゃないの?と言いかけて止めた事を思い出して、苦笑い。
折角アドバイスしてくれているのに、そう言ってしまっては、誰でも機嫌を損ねてしまう。ユーリなら尚更だ。
「・・・なんかね。ユーリってば凄いんだよ。ちょっと話しただけなのに、僕が悩んでるって気付いたんだ。凄いよね〜」
純粋な賛辞の言葉だった。
「スタッフも誰も気付かなかったのにねぇ」
遊んでいる手を見ながら、ぽつりと零した。
そのまましばらくぼ〜っとする。
何か匂う。
何か焦げ臭くない?
「って、アイス!肉が焦げてるよ?!火を消さなきゃ!」
僕は慌ててイスから立つと、コンロに駆け寄り火を消した。
あたり一帯は焦げ臭い香りで包まれている。
僕は換気扇のスイッチを入れる。
しばらくすると、ファンが回リ出した。
僕は一息つくと、アイスを見た。
憮然とした顔で、ずっと一点を睨み続けている。
普段見られない表情だった。
「・・・アイス?」
「・・僕だって・・・てたよ」
「え?」
呟かれた言葉は、換気扇のやかましい音に紛れる。
それで聞き返せば、今度は大きな声。
「僕だって気付いてたよ!」
視線はそのままにして、
「僕だって、タイマー、君の調子が悪いって事くらい、分かってた。何か悩んでるのかもって、思ってた」
叫ぶようにして言う。
「心配してたんだよ!」
アイスは僕に面と向かってそう言った後、少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「そう・・・だったんだ?」
実に間抜けな声が漏れる。
「・・・うん」
視線を合わせてこないアイス。
だけど、少し赤くなった頬で彼が照れているのが分かる。
笑みを浮かべる。
嬉しかった。気付いてくれてたなんて。心配してくれてて。
「そっか・・・、ありがと」
嬉しさに堪えきれず、気持ちのままに表情を浮かべれば、彼は酷く嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。
「僕も料理手伝うよ」
「へ?」
僕は腕まくりをして、まな板に向かう。
「皮むきくらいなら出来るから。心配させちゃったお詫びにさ。いいでしょ?」
言えばやはり彼は反対などしなくて、ただ、お願いだから、指切らないでよ。そう言葉を漏らした。

そのあと、二人で食べた夕食はとても美味しかった。
それに、とても暖かかった。
自分を心配してくれる人が傍にいるのは、やっぱり凄く嬉しい事なのだ。

その日、僕は夜空に浮かぶ小さな月に微笑んで、眠りについた。










だって、ここは僕のいたい場所だから。











fin.





::アトガキ::
ええと、このサイトのため一番最初に書いた話です。今見るととても複雑です。
本当なら移転に紛れて消してしまおうと思っていたのですが、つい先日に私の
とても敬愛している方から「もう一度見ようと思ったら消えていて・・・」との言葉を
頂き、嬉しさのあまりに思わず復活させた次第です。
読めばお気づきになるでしょうけれど、時代背景的にはポプ3くらいの話です。
この頃私はタイマーがとても好きで(今もですが)、どうしてもユーリと絡めたくて
このような話が出来上がったのです。そしてアイタイです。アスユリです。(断言)

最後に、尊崇している丸山弥七様へ。
もう一度見ようと、というあり難い、そしてとても嬉しいお言葉をありがとうございました。
本当に本当に嬉しかったです。どう言ったらいいか分からないくらい尊敬してて憧れてて大好きで、
そんな丸山さんに言って頂いて、本当に嬉しかったんです。

しつこいようですが、本当にありがとうございました。

03.05.28 蒼鳩 誠









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送