『 白蓮 』









ふと、浮き上がるように自然と目が覚めた。
茫然と仄明るい天蓋を見つめて、その明るさに朝が近づいていることをようやく知る。のしかかる倦怠感に僅か呻いて、のそりと上体を起こした。昨夜、月光を浴びるために開いたカーテンがそのままで、朝の白み始めた空が四角く切り取られた形で見える。ユーリは目を細めると、大きく息を吐いた。
その息がうっすらと白い。
その事実に彼は目を丸くする。途端に、剥き出しの肌が寒さを感じ取ってしまい、彼は身震いをした。先刻まで潜り込んでいたシーツを引き寄せて寒さを誤魔化す。
もうそんな季節か。
寒々しく白けた空に目を向けて思う。
少しばかり視線を落とすと、スマイルが横で未だ眠っていた。目を閉じて静かに呼吸を繰り返す。穏やかな顔をしている。彼が自分が起きてもまだ眠っている。珍しいな。シーツを掛け直してやりながら思う。
「………、……。」
らしくない行為に自ら苦笑すると、ユーリは彼の青髪に手を伸ばした。優しげに触れる。指の間をさらさらと流れていく、その髪の心地良さに微笑を浮かべると、彼の額にかかる髪を掻き揚げて、そこへ唇を落とした。ふふ、と可笑しそうに笑い、ユーリはスマイルの髪をもう一度撫でる。
その指に、彼のしている眼帯の紐が絡まった。人差し指が引っ掛けてしまっていて、彼の耳から外れかけている。
ユーリはしばし逡巡する。
黒い眼帯の黒い紐。自分の細い指にそれは絡んでいる。少しばかり持て余してしまう。
スマイルが眼帯をしているのは左目を隠すため。隠しているのは異質ゆえ。どういう経緯でどういう異質なのか、ユーリは知らない。訊ねたことも無ければ、聞いた事もない。気にする素振りすら見せたことが無いかも知れない。
ただ、ユーリは待っている。彼が話してくれる時を、ただひたすら待っている。
けれど、スマイルの左目を見たことが無いわけでは決してない。いつだったか忘れたような昔に、彼が悪戯に見せたことがあった。それは酷く美しい金色の瞳。満月のような、それ以上とも言える美しい金色。
ユーリはその瞳を忘れたわけでは決してない。決してそうではなく、ただ、焦がれている。隠された金色の瞳に焦がれて止まない。だから、知りたいとは思わず、眺めたいとは思う。
気付けば、彼の左目の瞼が現れていて、黒い眼帯は白いシーツの上に転がっていた。ユーリはその事実にさほど驚かない。自明のことのような気がしていたからだ。
そっと、壊れものを扱うような手つきで、ユーリは左目の瞼に触れる。その奥の眼球を形作るように丸みを帯びた瞼に指を這わせる。愛しげに撫でる。
「……んっ」
さすがに起きるだろうか。
ユーリがそっと指を離すのとほぼ同時、
「……て」
吐息交じりの掠れた声がスマイルの口から零れ落ちる。ユーリは無表情でその言葉を聞く。
「……んなさい………、……」
眉が八の字に歪められる。剥き出しの青白い指がシーツを掴む。ぎゅうっと目に見えて必死に。声は震えて。
「…っ、おいていかないで………」
嗚咽が漏れ出しそうな、か細い声で。
「スマイル」
早朝の澄んだ空気の中、ユーリの声が静かに響いた。その声に反応して、スマイルの瞼がゆっくりと持ち上げられる。躊躇っているかのようにゆるゆると。現れた瞳は、血のような紅と月のような金の色をしていた。
けれど、その目は何も見ては居らず、ただ夢から覚めたというだけで虚ろいだままだった。夢と現実の間にいるような、光のない瞳。
「スマイル」
再度、名前を呼んで頬に触れる。白く細いユーリの指がするりとスマイルの頬に触れる。その感触にスマイルはようやく、ユーリがそこに居る事に気付いて、上体を起こしている分高い、彼の瞳を見上げた。二人の視線が重なる。途端に、スマイルは眉根を寄せて、今にも泣き出しそうな顔を浮かべ、彼の腰に抱きつく。
「…ユーリぃ」
ぎゅうっと、先刻のシーツのを握り締める手のように、必死になってユーリにしがみ付いた。
彼はそっとスマイルのの頭を撫でると、微笑んで、酷く酷く優しげに言葉を紡ぐ。
「…どうした?」
余りにも優しい声音。ユーリは静かにスマイルの髪を梳く。
「何でもない…」
そう言ってはみせても、声も吐息も震えていて、ユーリにしがみ付く手は解こうとしない。きつく抱きついたまま、離れる気配もない。だから、それは明らかな嘘。何でもないなんて嘘。それなのに、ユーリは。ユーリはスマイルの髪を静かに梳くばかり。ゆっくりと手を動かして、触れてくるばかり。その上、
「……、…なぁ、スマイル」
「…ん」
髪を梳く手を止めて、綺麗に澄んだ声で、

「あいしているよ」

あんまりにも幸せな言葉を紡ぐから、スマイルはユーリが愛しくて愛しくて堪らない。ユーリの言葉に返事を返そうと思っても、胸が詰まって何にも言葉が浮かばない。だから、彼はただ必死に。

「…うん」

全ての感情を込めたように、頷いた。
それでも、まだ。



開け放たれた窓から、太陽の光が溢れている。
けれど、彼の金色には到底適わないと、ユーリはスマイルの頭を撫でながら、その光に目を細めた。





いつか彼がその瞳で見つめてくれる事を、ユーリはずっと待っている。


















  fin.







for サイチ様
03.11.14  蒼鳩 誠








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