そう たとえば

 うたうように ささやく




















「朝日がやわらかいと感じる」
窓辺に立ち、外の景色を眺めてユーリは言う。
日の光がガラスを透き抜けて、彼を照らしている。身に纏っている白いカッターシャツが光を反射して、白い彼をなお白く染め上げている。銀糸はキラキラと軌跡を描き、肩口でさらりと揺れた。
光の中に溶け入ってしまいそうだ。
「肌に触れる温度が心地良いと思う」
紅い瞳を細めながら言う。
光に照らされた吸血鬼は灰になる事などなく、濃い影を床に落としている。その暗さに闇を見出して、それでもスマイルは思う。
光の中に溶け入ってしまいそうだ。
彼はユーリの城の古いイス、それの背もたれに両腕を重ね合わせて乗せて、さらにその上に顎を乗せてだらしなく座っている。背もたれに本来とは逆にもたれ掛かっている。
窓から差し込む光はくっきりと線を作り、影と光の境界線をもたらしている。
陽光の中のユーリを、スマイルは見つめ、まるで一枚の精巧な絵画を楽しむように、うっとりとしてその姿を隻眼に納め続ける。
その視線を微塵も気に留めることなく、ユーリは窓の外を眺める。細い指が頬にかかる髪を耳にかけて、耳朶が露になる。
珍しいその姿を可愛らしいとスマイルは思う。思うけれど口に出しはしない。
矜持の高い君はきっと眉を顰めるだろうから、そんな事はしない。
今はそのやさしいうたの続きをききたいと思っているから。
そしてスマイルの望みどおり、ユーリはその咽を震わして続きをうたう。決して叶えるためではないのだけれど。うたう。
「失いたくないと願う」
言って、余韻を残す唇もそのままに、ふと、糸の切れたマリオネットのように動きを失って、ユーリの瞳は虚空を漂う事もせず、しんと静に包まれる。
そして精巧に作られたオールビスク人形のようなユーリは、しばらくの時を静寂の中で過ごし、やがて命を与えられたかのようにゆっくりと息を吸う。そしてその吐息で笑う。唇の片端を持ち上げて、瞳が緩慢に細められる。
嘲笑に、彼は口を動かすだけで声には出さず、その嘲る微笑のまま、

――このわたしがいったいだれにねがうのだろう――

呟きはあくまでささやかに、音にはされず。させず。けれど、嘲笑は一瞬の後跡形もなく消え去り、ふわりと花がほころぶような、その様な顔をして、
「久遠を共にしたいと祈る」
言ったその直後、至極馬鹿々々しいことのように自分の言葉を嘲笑って、歪められた口元から、乱抗歯が覗く。光の中で、それはどうにも奇妙で、けれどユーリは気付く風でなく。それとも気にも留めていないのか、また唇だけの言葉を静かに零す。まるで音にすることを厭うているかのように。

――このわたしがいったいだれにいのるのだろう――

囁いて、躊躇いもせず降り注ぐ光にユーリは目を細める。嘲笑はすぐに跡形もなく消える。変わらないのは差し込む光のみ。

スマイルは見つめ続ける。
変わっていった表情と、変わりきれぬ瞳の色を。抑えきれない、隠し切れない瞳の色をまるで慈しむように優しく見守る。
 だから続きを請うことなどせずに、彼は光の中のユーリに。
「いとおしい?」
僅かに首を傾げて微笑んで呟く。
ユーリは一瞬目を丸くして、長い睫毛を震わして、そして悲哀を含んだ微笑で返す。
「ああ、とても愛惜しいよ」
光がユーリの頬に睫毛の影を落として、紅色の瞳はゆっくりと瞑られる。
ぼくもだよ。とスマイルは言いはせずに言って、静かに告げる。


だってこのやさしいうたをきいていたいから。


ユーリの形良い唇は僅か震えて、光に包まれながら、うたうように。





いつかこの温度に溶け入ってしまえたら











うたうように ささやいた





























注釈:
オールビスク:ビスクとは磁器を高温で焼成してから低音で何度も絵付けすることによって、生きているかの様な肌を感じさせる技法。人形全てのパーツをビスクで制作して自由に動くようにしたものがオールビスク。

(参考:人形姫 著:恋月姫 片岡佐吉)
この言葉を使いたかったので。ちなみにこれは人形の写真集ですが凄くオススメです。かの小学館より出版されているので是非。










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