blue in the sky in the sea











見た事もないような青い空が、ずっと広がっていて、砂浜から続く海もずっとずっと碧い。水平線の辺りでそれはとろりと溶け合って、空の蒼とも海の碧とも違う色を作り出していた。
まだ海開きには早すぎる海岸から、その景色を眺めて、彼は海に反射する陽光に目を細めた。キラキラと目に付き刺さってくるような光に、僅か眉を寄せて、けれど、朝の涼やかな風にふわりと気持ちをさらわれる。
去っていく風を見上げ、彼はふふ、と笑って白い砂浜を歩き出した。
まだ白んでいる空の下、デートスポットからも釣り場からも離れているこの場所に人影は見当たらなかった。それが程よい開放感を生んで、彼は大きく伸びをする。誰にも気を使わずに済むのは、特に一般人を気にしないでいいのは久しぶりだった。
彼はゆっくりと暇を楽しむ。
波に追われてみたり、追いつかれて靴を濡らしてしまったり。それを乾かすために砂浜へ靴を丁寧に並べると、次は砂遊び。元々手ぶらで何も道具がないから大した物は作れないだろうけど、それでも砂のお城を作ろうと奮闘する。砂を盛って、固めて、削って、崩れて、また盛って。繰り返して行くうちに、やがてそれっぽい形が出来上がる。そこで彼は座ったまま二、三歩下がると、自分が作り上げた城を眺めた。
笑みが零れた。可笑しくって顔が元に戻らない。だから、お城の近くにこう記す。
『ゆーりじょう』
途端、殊更可笑しくって、彼は立ち上がって腹を抱えて笑うと、また波打ち際に駆けていく。向かってくる波を蹴って、水しぶきを上げる。それは太陽の光に眩しくて、水と光を避けて顔を手で隠す。波が足元から引いていき、手を下ろした頃に、また波は戻ってくる。繰り返し、繰り返す。その波打ち際に、ふと目に止まるものがあった。いつの間にか打ち上げられた小さな巻貝。歩み寄って拾えば、掌の半分ほどを占領する、可愛らしい貝殻。
ふと思いついて、波打ち際から離れると、彼は先ほど作った城の近くに寝ろがった。大の字になって全身の力を抜く。風が髪を揺らして頬をくすぐる。太陽は斜め上から彼を照らす。
そして、彼は手の中の貝を耳に近づける。貝殻の奥から海の音が聞こえるような、そんな気がした。それはまるで夢のように曖昧で、絶えず聞こえるさざ波に掻き消されそうで、けれど負ける事はなく、さざ波の音と溶け合って酷く耳に心地良い。その旋律は自分が海にたゆたうているような錯覚を生んで、彼の瞼を閉じさせた。そうすれば、錯覚はより現実味を帯びて彼を包む。心地良い錯覚だった。
瞼の裏に熱い太陽の日差しを感じて、彼はそれきり思考を閉ざす。ただ、海の音だけが頭へ穏やかに響いて、やって来た明るい闇の中に、彼は身を任せた。





笑ってる。
日差しが暖かくて、目を細める。
そうして、二人とも笑ってる。
僕もつられて笑顔になる。
ああ、温かいなぁ。



「…っ」
頬に冷たい掌を感じて、スマイルは飛び起きる。その手があまりにも冷たすぎて、それは夢を吹っ飛ばせるほど、寝ぼけるのを許さないほど冷たくて、目が覚める。その手はまるで。
「……鳥を探しているの、貴方は知らない?」
澄み渡った水に波紋が広がる。そんな澄んだ声を耳に受け、スマイルは声をかけた少女に気付く。膝を折って、その黒いノースリーブのワンピースを砂浜に広げている。少女の瞳も髪も、漆黒の色をしていた。風に、肩口でその黒髪が揺れる。胸元に添えられた白綾のような百合も同じく、柔らかく揺れた。
「…君は誰?」
目の前に座り、自分を見つめている少女にスマイルは見つめ返して問うた。少女は少しの沈黙を作った後、ほんの少しだけ首を傾げて応える。
「名は、かごめ。鳥を探しているの、貴方は知らない?」
夕日が少女の白い肌を鮮やかに染め上げる。穏やかな潮風は、絹糸のような髪を弄ぶように揺らしては、凪ぎ、また静かに吹き始める。
自分は夢でも見ているのだろうかと、目の前の幻想的な光景を目にしてスマイルは思う。さざ波は変わらずに響いているのだけれど。
「僕は、君の鳥は知らない」
「…そう」
スマイルが答えると、かごめは静かに目を伏せた。
長い睫毛が潮風に震える。その白い頬に僅か、影を落とす。その影すら夕日の色が混じる。海も、先刻の青々とした色が嘘のように、橙の光を受けてキラキラと輝いている。空は言うまでもなく太陽の色を一番色濃く受けて、一緒に水平線の向こうへと、とろけていくような色をしている。日が暮れている。
自分はずいぶんと長い間眠っていたのだな、と頭の隅で思って、沈黙する少女を見やる。どこか幼さを残しているその顔は、憂えた表情をして、視線を砂浜に落としている。逡巡しているのか、微動だにせず、柔らかな風に静かに吹かれていた。その様は、どこか彼を彷彿とさせる。
つと、目線が上げられて、スマイルの隻眼と合わされる。真っ直ぐに向けられた視線を、厭うて背けることなどせず、受け止める。漆黒の、不気味なほどに澄み切った瞳。
「…貴方の髪はどうして青いの?」
真摯な態度でそのような事を聞くので、スマイルは思わず微笑んだ。苦笑にも近い微笑だ。かごめはそれに憤慨するでもなく、無垢な瞳でスマイルを見ている。スマイルはうふふと声を漏らして笑うと、瞳を見つめ返して言う。
「どぉしてだと思う?」
目を数回瞬く。かごめはその無垢な表情のままで思うままに答える。
「青い鳥だから?」
僅かに小首をかしげる姿はやはりどこか幼い。
「う〜ん、どうだろうねぇ……」
「それとも…」
可笑しそうに答えるスマイルに、かごめはそう言って言葉を一度切る。白い華奢な手をゆっくりとした動作で上げて、スマイルの髪に伸ばす。目を丸くしてスマイルはそれを眺める。伸ばされた指先がスマイルの青い髪を撫でる。猫の頭を撫でるようにして優しく触れ、
「空の青を映しているのかしら?」
想像もしていなかった言葉を零した。それはあの寒い冬の日に、彼が言った言葉。
「ふ、っふふ…あはははははは」
思わず声を出して笑う。まさかこんな所でこんな言葉を聞くとは夢にも思っていなかったので、可笑しくて仕方がない。その澄んだ瞳にまるで見透かされたようだ。あまりにも彼に似ているこの少女に、自分でも気付かなかった感情を見透かされてしまったようだ。幸せの青い鳥。それはこんな風に突然訪れるものなのかもしれないと思って、それがまた可笑しくて笑う。可笑しくて可笑しくて堪らない。
そういえば、いつか聞いた童話もそうだった。幸せに気付いてから青い鳥を見つける。それはいつも変わらず傍に居たもので、自分はずっと幸せだったと知らされる。
ああ、まさしくその通りになってしまった。童話と言えど侮れない。可笑しくて笑いながら思う。そして、それならば。
うふふ、あははと笑いながら、スマイルはその様子を眺めるかごめに問う。
「君の髪がどうして黒いか知ってる?」
かごめの言葉をそのまま反芻したような言葉を返して、スマイルはにぃと笑う。悪戯か、謎かけを思いついた子供の顔だ。
問いかけに、かごめは首を横に振る。本当に分からないという顔をしている。
スマイルはそれに満足そうに微笑むと、軽い掛け声と共に立ち上がった。大きく伸びをして、適当に砂を払う。そして、海に向かったまま楽しげな声音で言った。
「君も空の色を映しているからだヨ」
言葉を聴いて、かごめは驚いたように目を丸くした。スマイルの背中を見つめ、彼女もまた砂浜から立ち上がった。
「どうして?青くはないわ」
自分は青い鳥や青い空と同じ色など持っていないはずだと、疑問をそのまま口にして、彼の視線の先にある海を、彼女も眺める。太陽は空にもう幾分も残っておらず、夕暮れの余韻だけが、空と海とを橙色に染めていた。それも、もう僅かだ。
少しだけ強い風が、海の向こうから吹いて来た。二人の髪は同じように揺れる。
スマイルは目を閉じてそれ感じると、くるりと体を反転させて、目を細めて、とびきりの笑顔を作る。
「空はいつだって青いわけじゃない。……君は夜の空」
裸足で砂浜に足跡を残して、黒い衣服の白い少女に近寄る。同じ仕草で、かごめの黒髪に手を伸ばして、優しく毛先に触れた。
「ああ、すっごくキレイ」
戻す間際に、その少女の白皙の頬に触れて、スマイルは言う。かごめは僅かに瞳を潤ませて、澄んだ微笑みを浮かべた。
「……ありがとう」










それはいつか、君に言ってあげたい言葉。













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