『 夜 』









夜の闇に沈んだ暗い部屋。開かれた窓から柔らかに降り注ぐ月光は、部屋の中を照らすのではなく、たった一人の麗人を愛しんでいる。
月に白く染め上げられた彼の髪、顔、肢体は光に照らされながらも輪郭を暗闇のに淡く移ろわせる。溶け入ってしまいそうな危うさを持っている。けれど、瞳だけはくっきりと境界線を持ち、闇にその色を際立たせる。血の色の瞳だけは闇に沈む事はない。
やがて、月に照らされた吸血鬼は、窓枠にもたれ、美しい声を響かせる。夜の澄んだ空気に、それは酷く鮮明だった。

「人が本当に死ぬのは、その人を憶えている者が全て居亡くなった時だと言うだろう?」

目を伏せて言う彼の長い睫毛が白い頬に影を落とす。
月光の届かぬ部屋の中から、うん。と相槌が返されて、彼は続きを紡ぐ。

「それなら、私は何度死んだのだろうかと思って……」

眠りにつく度、何度…。呟いて微かに笑んだ彼を夜風が撫でる。銀糸が鮮やかに軌跡を描いて、美しい光景を作り上げた。

「私は死んでなどいないから、私に死は訪れないから、そう思うのはおかしいのだろうけれど。けれど、けれどね。忘却に埋もれていく私は……。………、何度、存在が死んだのだろうと思って。…少し、可笑しくてね」

ふふふ、と笑って月光に照らされ白く染まる彼の、そのなんと美しい。そう、美しすぎて、まるで現実味がない。だから、消えてしまいそうに思えた。

「ねぇ…」

闇の中から聞こえた透明人間の声に、吸血鬼は、ん。と答え、伏せていた目を上げてその紅を全て現す。視線の先の透明人間は、まるで歌うように、

「僕は憶えてるよ」

微笑んで言った言葉に、吸血鬼は一瞬だけ目を丸くした後、嬉しそうに目を細めた。





夜が明ける前の、大切な記憶。






















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