『 朝は必ず来るってほんとうかしら 』











天井に手を伸ばしながら、冬子が呟く。
「朝は必ず来るってほんとうかしら?」
「なにを突然?」
そんな当たり前のことを聞くのだろうという言葉を飲み込んで、彼女の手が虚空を掴むのを眺めた。細い腕がカーテンから零れた街の光に濡れている。名前に反して健康的に焼けた夏色の腕は、真っ直ぐに伸びて、空を掴む仕草を繰り返す。天井のその上の星空を掴もうとしているようにも見えた。
「夜が続くとでも思ってるのか?」
仰向いていた体を冬子の方へと向けなおし、左手の上に頭を乗せ、右手で布団を引き寄せる。その身じろぎの音だけが夜の部屋に響いた。
冬子は真っ直ぐに伸ばした腕の先を見つめたまま、うんともすんとも言わないで、時折、天から伸ばされた糸を掴むように掌を閉じたり開けたりするだけで、問いに答える気配はない。沈黙に眠気が混じり始める。
冬子が可笑しなことを言うのは何もこれが初めてではない。昼は快活で活発的でいかにも運動系な女だが、夜になるといきなり何の前触れもなく、物静かでぼんやりとした文化系の女になる。初めはちょっとした二重人格ではないかとも思えたが、記憶をなくしたりもしないし、本人の自覚も有る。電波ってほどでもないから、今更突っ込む事もない。そう、カップル喃語みたいなもんだ。
欠伸をかみ殺し、瞬きを繰り返す。夜道を走りぬける車の音が、遠く、近く、遠くなっていく。その音が子守唄にさえなる。
「朝は必ず来るってほんとうかしら?」
眠りに落ちかけた意識を、冬子の声が引き揚げる。
「ほんとうもなにもないだろ」
眉間に皺を寄せ、眠気と戦いながら言うと、どうにも拙い言い方になってしまった。腹立たしく思いながら、右手で冬子の前髪をそっと分けて額を撫でる。天井をひたすら見つめていた瞳が、ようやくこちをを向いた。
「朝は必ず来るってほんとうかしら?」
三度繰り返した言葉が、何故か泣き言のように聞こえた。
冬子の瞳は濡れもせず、乾いてもいない。いつもの色をしているのに、どうしてかそう聞こえて。額に触れていた手を、耳、頬、顎、首、経由して肩に持って行く。抱き寄せるように手を置く。
「ほんとうだよ」
呟いたら、力が抜けた。腕が冬子の上に落ちる。
「…重い」
冬子の文句の声が遠い。眠い。
反応せずにいたら、ごそごそと身じろぐ音がして、それから額に軽い衝撃。何とか瞼を押し上げると、まじかに冬子の顔があった。近すぎてぼやけている。ああ、額と額をごっつんこ。って、されたのか。靄がかかった意識で思って、冬子の手が自分と同じように肩に置かれたのを感じた。虚空を掴むのはやめたらしい。
最後の力を振り絞って、布団を引き寄せ、冬子に擦り寄る。
もし、二人で同じ夢が見れたら、
夢は必ず覚めるってほんとうかしら?
と彼女は夢の中でも言うのだろうか。
そうかも知れない。
冬子が俺の名前を呼ぶ声を最後に、意識はふわふわした闇のなかに沈んだ。




















 fin.









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