『 走り去る間際に落とされたその 』











夜のバス停に小雨は静かに降り注いでいた。
雨よけの下に入り込んで、服や鞄を叩いて雨の雫を落とす。本降りになる前にたどり着けて良かったと僅かに安堵しながら、内側から白く照らされる時刻表と腕時計を交互に見て、バスの時間を確認する。タイミングの悪い事に、ちょうど行ってしまった後のようだった。重いため息を吐き出して、備え付けのベンチに視線を落とすも、ベンチは既に雨の被害にあって座れそうにもなく、立ったまま待つことにする。
雨の夜、不思議と車どおりは少なく、どこまでも静かだった。
電池の切れたアイポッドも、電源を落とした携帯も、さっきまで鞄に入っていた鍵につけた鈴も、何も音を立てようとはしなかった。
潮騒のような、雨音だけが空気を震わしている。
それだけに耳を澄まして、何も考えないようにする。何も考えないように、雨音にだけ耳を澄ます。たった十数分のバスの待ち時間は、今まで感じたなによりも長く。朝礼の校長の話や、両親が喧嘩した時の不穏な沈黙や、友達の空気が読めないつまらない会話や、バイトで暇でしようがない時間よりも、なによりも一番長く、長く感じた。あまりにも長いので、いっそこのまま終わらないのもいいかも知れないと考えた。
そんな思考を打ち消すように、湿った足音が耳に届いて、反射的にそちらへ振り返った。地味な傘を差した女の人が歩いていた。目の前を通り過ぎていく。手にはスーパーの袋を持っていて、歩くたびにビニールの擦れる音がした。
たったそれだけだった。
焦れるように待ち望んだものは一つもないまま、雨音を打ち消すエンジン音を唸らせてバスが来た。白々としたライトに、雨が細い糸となって浮かび上がる。ぷちぷちと、千切れたような細い糸。
ステップに足を乗せて、バスに乗り込む。その一瞬に雨がそっと優しく頬を濡らした。
一番後ろの座席に座って、無人のバス停を見下ろす。
いつだって、彼がこのバス停で私を焦がれるように待ったことなど一度もなかったのだろう。
走り出したバスの、雨に濡れたガラス越しに、呟きを落とす。

「      、      。」

ガラスの上を、つ、と雨粒が滑った。




















 fin.









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